古くは天領として桑名藩下にあった古志郡、明治22年町村制が施行されますが、種芋原、虫亀、竹沢、東竹沢は独立した村として残ります。
昭和の大合併では種芋原村、大田村、竹沢村、東竹沢村が一つになり、昭和31年3月に新しい村が誕生しました。
古志郡の山間にあり、山古志郷の通称から山古志村となりました。
その後、日本は高度経済成長期を迎えます。それまで自給自足で古き良き時代の生活を送ってきた山古志村には人口流出や過疎化、出稼ぎの問題がでてきました。
その問題を解決するために村は農業の機械化を進め、農道を整備しました。さらに、長岡や近郊の町に山古志から働きに行けるように道路を作りました。
そして、村人自身がかけがえのない村に暮らす喜びと誇りを再認識し、人と人との大切なきずなを失うことなく、村づくりを進めてきました。
その結果、過疎化に歯止めがかかり、今日の山古志村があるのです。
21世紀という新しい扉が開かれた今、山古志は日本のふるさととして山古志から発信していける可能性を秘めています。