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2006年7月31日 (月)

闘牛サミットの実況中継

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

本日は、山古志の闘牛に係る早々たるメンバーが集まり、会議がありました。
当日の模様を、インターネットで全国に実況中継しよう」という、無謀ともいえる、壮大な計画を話し合うためです。

なぜ難しいかというと、あの震災により、山古志のインターネットの回線は全滅したからです。
サミット当日も、支所までは、光回線が来ていますが、まだ一般には引かれていません。

この計画を実現する方法としては、
無線で、何箇所か中継しながら放送する。
衛星を利用する。
気球を利用する、、、
など、あらゆる方法が考え出されました。

また、山古志の牛飼いの人たちにとって、全国サミットも大事であるが、同じように、仲間の牛飼いの人たちも大切であるため、皆で喜び、感動、感謝を分かち合いたいという気持ちを強く持っておられます。

これら数々の課題をひとつひとつ解決し、何とか夢を実現させたいと思います。


全国闘牛サミットin長岡 (山古志 池谷闘牛場)の情報はこちら

山古志 「牛の角突き」の情報はこちら

メニュー「帰ろう山古志へ」からは全て映像がご覧いただけます。

2006年7月30日 (日)

震災前の池谷闘牛場

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

震災前の池谷闘牛場での闘牛の様子を公開されている方の
ホームページを見つけました。こちらから
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闘牛の動画、写真、牛の声? がご覧いただけます。

第9回全国闘牛サミットも、ここ池谷闘牛場で開催されます。


全国闘牛サミットin長岡 (山古志 池谷闘牛場)の情報はこちら

山古志 「牛の角突き」の情報はこちら

メニュー「帰ろう山古志へ」からは全て映像がご覧いただけます。

2006年7月29日 (土)

宇和島での闘牛

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

7月24日 宇和島で、「定期闘牛大会 和霊大祭(七月)場所」が行われました。
全12取組みが行われ、決まり手で多かったのは「押し切り」

宇和島の闘牛の起源は、HPによれば、17世紀の後半頃、宇和海を漂流していたオランダ船を福浦の漁民が救助し、その礼として贈られた2頭の牛がたまたま格闘したことにより始まった、との口伝があるとのこと。
ここにも歴史があります。  詳細はこちら
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全国闘牛サミットin長岡 (山古志 池谷闘牛場)の情報はこちら

山古志 「牛の角突き」の情報はこちら

メニュー「帰ろう山古志へ」からは全て映像がご覧いただけます。

2006年7月28日 (金)

今日の視聴者数

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

ここのブログのアクセス解析は、このような形で表示されます。
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おかげさまで1日の平均は100件を越えました。


ここ長岡市では、もうすぐ 8月2,3日がお祭りです。 詳細はここ

この両日には、ギネスブックに申請中の「フェニックス花火」が打ち上げられます。詳細はここ

フェニックスの花火は、復興祈願として昨年度より開始されました。
平原綾香さんの「ジュピター」のBGMで3分間打ち上げられる花火は、本当に圧巻、感動します。
昨年の映像は、こちらからご覧いただけます。(長岡市情報政策課HP)

全国闘牛サミットin長岡 (山古志 池谷闘牛場)の情報はこちら

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メニュー「帰ろう山古志へ」からは全て映像がご覧いただけます。

戦前の闘牛の様子

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

昨日、中越大震災で被災した、国道291号の長岡市古志東竹沢―小千谷市小栗山間が、9月3日に全通する見通しとなりました。この道は多くの村民が利用していたところです。復興に向け大きな弾みがつきました。

この写真は、戦前の竹沢闘牛場の写真です。モノクロですが、迫力満点
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山古志 「牛の角突き」の情報はこちら

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2006年7月27日 (木)

るるブログ様からリンク

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。


今日は、午後になってから、やけにアクセスが多くなったな、と思ったら、
旅に関するエキスパート「るるぶ」のるるブログ様からこの公式ブログご紹介いただきました。
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闘牛サミットに関しても紹介してくださっています。
ぜひご覧になってみてください。


全国闘牛サミットin長岡 (山古志 池谷闘牛場)の情報はこちら

山古志 「牛の角突き」の情報はこちら

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徳之島の闘牛

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

全国闘牛サミットには 鹿児島は徳之島から4頭の勇者たちがここ長岡を訪れて、戦いを繰り広げます。

全国闘牛サミット協議会さまHPでは、徳之島の闘牛について紹介しています

皆様もぜひ一度、ご覧になってみてください。

今日は、 12時47分現在 88名の方が このHPをご覧くださいました。
合計2,622名となりました。 皆様ありがとうございます。

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山古志 「牛の角突き」の情報はこちら

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2006年7月26日 (水)

小千谷でもやっています

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

新潟県内では、山古志だけでなく、小千谷市でも闘牛が開催されています。
(小千谷市はここ長岡市の隣)

ホームページでの情報発信も充実しています。こちらから
1_2

闘牛に関するいろいろな知識が得られます。

ぜひ一度、ご覧になってみてください。

全国闘牛サミットin長岡 (山古志 池谷闘牛場)の情報はこちら

山古志 「牛の角突き」の情報はこちら

メニュー「帰ろう山古志へ」からは全て映像がご覧いただけます。

2006年7月25日 (火)

昭和の始めの闘牛

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

昭和初期の 山古志の闘牛の絵葉書を公開されている方のホームページ見つけました。

こちらです。

すばらしい。。
皆様もぜひご覧ください。


おかげさまでこのブログ、公開から今日まで 合計2,377件のアクセス。1日平均にすると、108件になりました。

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2006年7月24日 (月)

闘牛の映像公開

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

左の「帰ろう山古志へ」のカテゴリに「相手を思いやる闘牛」の映像を公開しました。
震災前の山古志の闘牛の映像がご覧いただけます。

Tunotuki


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山古志村のマリ

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

皆さんは山古志のマリの物語、ご存知でしょうか?

2004年10月23日 中越地震の朝、3匹の子供を初産した、山古志村のマリ。
激しい地割れと押しよせる余震。飼い主は道路切断でマリの元に帰ることができません。
さらに全村避難でマリたちは山古志村に孤立してしまいました。

中越地震での実話をもとに、愛と勇気溢れる一匹の母犬の姿を描いた絵本「山古志村のマリと三匹の子犬」はベストセラーになりました。
幼い三つの命を守りぬいたマリの姿は多くの人々に感動を与えました。

詳しい内容は、こちら、


うちでも犬を飼っています。「迷犬あられ」。7歳メス。
現在夏バテで、毎日家でごろごろしています。

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フェニックス(不死鳥)マラソン&ウォーク

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

地震から約2年。
この10月1日、復興への願いを込めた「フェニックス(不死鳥)マラソン&ウォーク」が開催されます。
マラソン(高校生以上、先着順500人)、
ウォーク(小学4年生以上、同1,000人)ともに旧村役場が発着点の10キロコースです。

まだ地滑り跡が残る村内を走ったり、歩くイベントです。現在 参加者を募集中。
全国闘牛サミットin長岡もそうですが、「復興の熱意と感謝を全国に発信したい」という願いを込めて開催されます。


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2006年7月22日 (土)

闘牛の写真

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

今日は 時間も遅いので 自宅からの投稿です。

インターネットで、色々調べていたら、山古志の闘牛の写真を
公開されている方のホームページを見つけました。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Kaede/7688/otousan.html

味のあるお写真を公開されているホームページです。


全国闘牛サミットin長岡 (山古志 池谷闘牛場)の情報はこちら、

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チラシできました

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

全国闘牛サミットのチラシもできました。

こんな感じです。
Tira


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トキが来る?

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

今日は、少し変わった 山古志の話題をひとつ。

絶滅の危機に瀕している 新潟県佐渡のトキ
佐渡のトキを鳥インフルエンザなどから守るため、国内数カ所に分散するなどの具体的な方針を検討するため、ここ長岡市で「第1回トキ飼育の可能性を探る研究会」が開かれました。

山古志などで飼育できないか検討するためです。
まだまだ課題も多くあり、今後も検討を重ねて行くそうです。


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2006年7月21日 (金)

ポスターできました

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

苦労の末 ポスター案 出来ました。
みなさんいかがですか?
Po


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2006年7月20日 (木)

アクセス数

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

おかげさまで、この公式ブログ 公開開始から17日
アクセス数は、今日現在 1483件 1日平均 87のアクセス数です。

現在、ポスター、チラシ、パンフの準備中です。
出来次第ここでご紹介したいと思います。

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2006年7月15日 (土)

最近の山古志の風景

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

左の「帰ろう山古志へ」のカテゴリに「最近の山古志の風景」の映像を公開開始しました。

写真のご提供は 甲田晴章さんです。
甲田さんは、古くから、山古志の地と、人に魅了され、山古志の写真を撮り続けてこられました。

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全国闘牛サミットin長岡 (山古志 池谷闘牛場)の情報はこちら

山古志 「牛の角突き」の情報はこちら
明日日曜日は、仮設闘牛場にて山古志の角突きが行われます。

メニュー「帰ろう山古志へ」からは全て映像がご覧いただけます。

2006年7月14日 (金)

越後長岡・山古志闘牛ブログ様

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

以前から、山古志の闘牛について情報発信していらっしゃる、「越後長岡・山古志闘牛ブログ様」より、このブログをご紹介いただきました。

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こちらのブログも闘牛の魅力満載です。皆様もぜひご覧下さい。


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2006年7月13日 (木)

中越復興市民会議様よりリンク

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

震災直後より、今に至るまで継続的に復興を目指し活動されている「中越復興市民会議様」よりこのブログにリンクを貼っていただきました。

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中越復興市民会議様 設立の背景と目的より一部抜粋

地震という想像もつかぬ大災害に見舞われ、被災者の方々の喪失感、また、生活復興過程における苦悩は計り知れないものではありますが、私たちは、被災者の方々が、生活を取り戻し、地域を取り戻した後、この過程や地域の未来について、次世代を担う子供たちに大いに語れるような生活復興の助けになることを目指しています。


おかげさまで、アクセス数がかなり伸びています。
有難うございました。


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勇者遠方より来る

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

第9回全国闘牛サミットin長岡(山古志)に向け、ぞくぞくと
勇者達が、長岡に集結しつつあります。

今月始めには、鹿児島は徳之島から4頭。そして、9日には沖縄から
はるばるフェリーに乗って4頭が、戦いに備え長岡入りしました。
現在8頭の勇者が揃いました。

どの牛も体格が良く、長岡危うし。。。

皆様9月17日の好取組に乞うご期待。

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2006年7月11日 (火)

日本の闘牛 開催場所

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

日本国内では、山古志の他にも闘牛が開催されている地域があります。

岩手県 山形村
新潟県 小千谷市
〃 長岡市(山古志)
愛媛県 宇和島市
鹿児島県 徳之島町
〃 天城町
〃 伊仙町
沖縄県 うるま市
島根県 隠岐の島町
全国闘牛サミット協議会のHPはこちらから

9つの地域で行われています。
このうち、徳之島の方々は、震災後、初めて仮設闘牛場で開催された大会に
バスで駆けつけてくださり、山古志の闘牛を応援してくださいました。
昨年春のことです。


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2006年7月10日 (月)

村民の体験談が本に

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

昨日、市内の本屋さんに、、「帰ろう山古志へ」という本が平積みされていました。

中越地震で全村避難した山古志住民の体験を記録として残そうと、2005年の4月ごろから活動を始め、92名の方々がそれぞれ当時の体験やその後の思いなどを綴られたそうです。

旧山古志では、14集落中6集落で今だ避難指示が続き、戻った住民は1割強しかおりません。
まだまだ多くの方が、仮設で暮らしております。

復興の正念場はこれからです。


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2006年7月 8日 (土)

種苧原診療所 再開

みなさんこんにちは。実行委員の福原です。

中越大地震で閉鎖していた旧山古志村の種苧原診療所が
木曜日7月6日再開されました。虫亀診療所に続いての再開です。

現在、種苧原地区では32世帯72人が仮設より戻り生活しています。

先日もこの地区で、伝統の田植え歌の行事が行われ、のどかな自然の中、手植えでの田植えが行われました。


(写真をクリックするときれいな大きな写真が見れます。)

田んぼから見上げた種苧原の山並み
Taneyama

田植えの様子
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2006年7月 7日 (金)

七夕 織姫の彼氏は牛飼い

皆さん、こんにちは。 実行委員の福原です。

さて今日、7月7日は七夕です。

七夕の物語は、皆さんご存知の通り、

***************************
天の川をはさみ、向かい合うようにして輝く織姫星と牽牛星。
織姫と彦星とも呼ばれています。

織姫は、天の神様である天帝の美しい娘。
織姫は神様達のために素晴らしい着物を作ります。

毎日機織りに精を出していましたが、 そんなある日、一人の青年に出会いました。
天の川の向こう岸で牛飼をしている働き者の牽牛です。

お互いに一目で好きになった二人は、出会った楽しさのあまり、遊んでばかりいて仕事を怠けるようになってしまいました。

このままでは 牛たちは世話を受けられず、神様の着物もどんどん擦り切れて着れなくなってしまいます。

幸せな娘の姿を見て嬉しく思っていた天帝も、ついには怒り、二人を天の川の両岸に引き離してしまいました。

「心を入れ替えて一生懸命仕事をするなら一年に一度、7月7日の夜に牽牛と会うことを許してやろう」

こうして年に一度、七夕の夜だけ織姫が天の川を渡って牽牛の元へ会いに行くことが許されました。


皆様。ご存知でしたか? 牽牛は牛飼いだったんです。

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2006年7月 6日 (木)

牛たちの写真

地震前の山古志の牛たちの写真です。

(写真をクリックするときれいな大きな写真が見れます。)
Tunotuki5

Tunotuki7

Tunotuki13

Tunotuki14

写真のご提供は 甲田晴章さん。
甲田さんは、古くから、山古志の地と、人に魅了され、山古志の写真を撮り続けてこられました。


震災後も、月に1度は山古志に入り、写真を撮り続けていらっしゃいます。


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山古志の名 復活

長岡市に合併した旧山古志村。

Fuukei23_1
「山古志」の地名を復活させたいという多くの旧村民の声を受け、
平成18年7月 長岡市議会に提議された議案が可決されました。

本年11月1日から長岡市の住所表記に“山古志”の名が復活する事となりました。


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上記に関しまして、主催者の判断で、予告無く削除されることがありますこと、ご承知おきくださるよう、御願い申し上げます。

2006年7月 5日 (水)

平成18年度「牛の角突き」日程

東山ファミリーランド内 臨時闘牛場
5月4日(木)
6月18日(日)
7月16日(日)
8月3日(木)
8月15日(火)
※雨天決行

山古志闘牛場(池谷)
9月17日(日)
10月8日(日)
11月3日(金)

時間 開場:
 午前10時 開始:午後1時

観覧料:
2,000円(保護者同伴の小学生以下無料です。)

チケット販売:
 闘牛会場入口にて販売
 ※当日券のみの販売となります。(前売り券はございません。)

 団体予約の受付あり
(20名以上の団体予約の方には割引があります。
  詳しくは、山古志観光開発公社・山古志観光協会まで)

駐車場:
 市営スキー場駐車場500台(無料)
 山古志会場は 決定次第、公開いたします。

交通:(東山ファミリーランド)
 JR:上越新幹線東京駅から約100分、
 新潟から約25分、長岡駅下車バス約18分
 車:関越自動車道練馬I.C.から約3時間、
   北陸自動車道新潟西I.C.から約45分、
   上越I.C.から約50分、
   長岡I.C.降りて約30分
 ※長岡駅東口と会場を結ぶ無料シャトルバスを運行します。

主催:
  山古志観光開発公社・山古志観光協会
  (電話:0258-46-1504)

闘牛大会観覧の注意事項】
 運動靴など、動きやすい靴でお越し下さい。
 レジャー用シートなど、座席代わりになる敷物をご持参下さい。

全国闘牛サミットin長岡 日程案

 平成16年10月23日の新潟県中越大震災。
その日を境に村民だけでなく牛たちにとっても試練の日々が始まりました。

村民たちがヘリコプターで全村避難した5日後、牛飼いの人たちは、余震が続く中、山古志村の中へ再び入って行きました。「牛を見殺しにはできない」という一心でした。
いつも車で行き来する道は、ずたずたになって使えないため山道を越え、人間が降りるのもやっとの坂を無事に牛が降りられるのか?
また牛が転落すれば、牛を引いている人も一緒に谷底に落ちる危険もありました。
それでも牛飼いの人たちは自分たちの命を懸けて、牛と一緒に歩いて山を下りてきました。

あの時の決断と勇気が、2年目の今、故郷に帰って初めて開催される全国闘牛サミットとなりました。

全国闘牛サミットin長岡  日程(案)

9月16日 土曜日
      15:00~17:00 幹事会
9月17日 日曜日
      10:00~   闘牛サミット  (ハイブ長岡2F)
      11:00~   昼食、山古志 虫亀会場へ移動
      13:00~   16:00まで 記念闘牛大会
      19:00~   21:00まで 交流会
9月18日 祝日
      9:00~    15:00まで 長岡市内、山古志視察

記念闘牛大会では、闘牛との記念撮影や、子ども闘牛太鼓「出陣」などの披露も行う予定です。  

相手を思いやる闘牛

山古志の闘牛は決定的な勝敗をつけるところまで闘わないのが特徴。

勝負がついたところで、闘士が十分に残る牛たちを引き離そうとする勢子たちの動きが見物だ。

勢子が勢いづいている牛の足に綱をかけて引っ張る場面もある。
「人間対牛の攻防」に決着がつくと、その勝負が本当に終わる。

相手の牛に決定的なダメージを与えると、その後、同じ牛と闘う意欲を失うという。


だから、山古志の闘牛は、1年間のうちに何度もお互いが勝負を挑んでいくことができる。

うまや入れ(うまや祝い)

中門造りと言われる家の造り(鍵の手に曲がった間取り)の前面に突き出た部分を「うまや中門」とよんでいる。

昔は、牛はこの「うまや」で飼育されていた。
新しい牛を買い入れた時には、うまやを清め、親戚、近所の人を呼んで新しい牛の披露をした。

多くの人からお祝いをしてもらい、強い闘牛に生育するように家の神棚にまつられている大神宮様に祈願した。

牛と山古志

 山古志は平坦な場所が少ないので、何をするにも山坂を登り降りしなければ日々の生活が立てられなかった。

車が普及する前は、荷物の運搬に牛が使われており、山や水田と家の往復では牛が活躍した。

牛は馬と違って、山坂の多い細い道を歩くのを苦にしなかったので、山古志の人々の暮らしを支えていた。

門出祝い

 角突き当日は牛の門出祝いをする。

牛につける面綱、鼻縄、祝酒などを神前に供えて、勝利を祈る。

牛の好むものを上げたり、飼っている人の思いが通じるのか、牛は毅然と勇ましく門出をする。

一番角突き

 長い冬が去り、5月上旬になるとこの年、初めての角突きが開かれる。

牛見

 山古志の冬は長く、半年の間は雪の中での生活が続く。

この間、数回にわたって闘牛の飼育者たちは、仲間の牛がどのくらい育っているか見物して歩く。

自分の牛と仲間の牛を比較して、お互いに激励する心が込められている。
現在は、春先に牛見が行われることが昔は、正月下旬の頃に牛見の祝いがあった。

「牛見客」が祝い酒を持っていくと、お神酒を神前に供え、牛見客と共に牛の健康を祈って、酒盛りが始まったと言う。

試練の日々が始まった

平成16年10月23日、新潟県中越地方を地震が襲った。

山古志に住む人々にとって試練の日々が始まった。
同時に、牛たちにも困難が立ちはだかった。

村民たちがヘリコプターで全村避難した5日後、牛飼いの人たちは、余震が続く中、山古志村の中へ再び入っていった。「牛を見殺しにはできない」という一心だった。

いつも車で行き来する道は、ずたずたになって使えないから山道を越えた。
人間が降りるのもやっとの坂を無事に牛が降りられるのか?牛が転落すれば、牛を引いている人も一緒に谷底に落ちる危険があった。     

それでも、牛飼いの人たちは自分たちの命を懸けて、牛と一緒に歩いて山を下りてきた。

あの時の決断と勇気が、その後の闘牛大会、今年の全国闘牛サミットへとつながっている。

仮設の牛舎の中

今、牛たちは仮設の牛舎の中で仮設住宅から通ってくる飼い主を待っている。

春から秋にかけては、仮の闘牛場で大会も開催されている。
地震から半年後の最初の闘いでは、牛たちにとっても慣れない場所であり、地震後の影響があってか、本来の闘いがなかなか見られなかった。しかし、月日を追うごとに牛たちは勇姿を取り戻していった。


牛にとっても人にとってもふるさとの山古志を思う気持ちは一つ。
様々な困難にくじけそうになる時、牛が人の励みとなり、勇気を与えてくれることもある。

あれから2年、山古志へ帰る日も近い。
全国闘牛サミットは山古志復興にとって記念すべき日になる。

里見八犬伝

 当時の盛況ぶりについては、「五百頭もの牛が集まり、
毎年春の気候のよい晴天の日に三日間連続して開催された」と記されている。

「観る者(中略)食を忘れ、愕然として肝を落とし、日の傾くを覚えずして、
奇なり妙なりと称える声は、かのこがらしに鳴る海の如く、又遠山の雷を聞くに似たり、
実に是、北国中の無比名物、宇内の一大奇観なり」

「~たちまち角を突き合わして、押しつ押されつ挑みあう。汗は流れて四足を伝い、
蹄は踏みとどめて大地に滅し、血走るまなこは燃えるかと怪しみ、鍛えなす首骨は、
折るるかと思うばかりに組合しては、振りほどき、また組合して~」

これは闘牛について書かれたほんの一部。
全体はかなりの長文で闘いの様子が手に取るように描かれている。
闘牛を見物した滝沢馬琴がいかに驚嘆し興奮したかが伝わってくる。
ちなみに滝沢馬琴に「闘牛」の凄さを伝えたのは「北越雪譜」の著者、鈴木牧之である。

(注・読みやすいように漢字をひらがなにするなど一部変えてあります。)

古くから神事として

古くから神事として山古志に伝わる闘牛。

「南部鉄を売りにきた人が鉄を背負ってきた牛を置いて行き、
その牛が闘牛を好んだから」。あるいは、「農作業や荷物の運搬をするために家々で飼われていた牛たちの強さを競った」。などの言い伝えがあるが、はっきりとした起源は定かではない。

闘牛は「角突き」とも呼ばれ、「強い牛を育てたい」という願いや、
闘牛を通して家々が繁栄するように祈りが込められた神事として大切に守り伝えられてきた。

その勇壮な闘いぶりは、江戸時代に滝沢馬琴が著した『南総里見八犬伝』の中にも登場する。

戦後、闘牛は一時、中断したこともあるが途切れることなく、再び復活した。

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