2006年8月31日 (木)

牛飼い達のドラマ

一昨年の中越大震災では、牛飼い達にも数多くのドラマがありました。

みなさん、こんにちは実行委員の福原です。

NHKのドキュメンタリー番組で紹介された牛達のドラマをひとつ。

牛飼いの父親が地震後入院し、今後の決断を委ねられた若い長男。一時帰村の時、まだ約40頭の牛が生き残っていることが分かりました。

本格的な冬(この年は、いつも以上に豪雪の年でした)が来る前に、早急に牛を避難させなければいけない。でもどうしたらよいのか。

途方に暮れる中、避難所の牛飼い仲間達が、牛たちの救助に協力してくれました。その中には自分の牛を地震で死なせてしまった人達もいたそうです。

そんな方達も含め、数多くの仲間が残された牛の救助のため団結してくれました。

溝にはまって動けなくなった牛、
地震の恐怖から荒れ狂う牛、
食糧不足でやせこけた牛、
そして、生後数ヶ月の小さな子牛達

みなの力のおかげで生き残っていた牛たち、全てを救助することができました。

現在この長男の方は、ひとりで避難先の牛舎で牛の世話をしています。

その牛の中に、一頭妊娠している牝牛がいました。
彼は牛のお腹に手をあてながら、笑顔でこう言いました。

「こいつが産まれたら、それから俺もスタートだ」


山古志村の人々にとって、牛は単なる牛ではありません。
家族を構成する、人間と同じように大切な一員です。

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全国闘牛サミットin長岡 (山古志 池谷闘牛場)の情報はこちら

山古志 「牛の角突き」の情報はこちら

メニュー「帰ろう山古志へ」からは全て映像がご覧いただけます。

2006年7月 5日 (水)

試練の日々が始まった

平成16年10月23日、新潟県中越地方を地震が襲った。

山古志に住む人々にとって試練の日々が始まった。
同時に、牛たちにも困難が立ちはだかった。

村民たちがヘリコプターで全村避難した5日後、牛飼いの人たちは、余震が続く中、山古志村の中へ再び入っていった。「牛を見殺しにはできない」という一心だった。

いつも車で行き来する道は、ずたずたになって使えないから山道を越えた。
人間が降りるのもやっとの坂を無事に牛が降りられるのか?牛が転落すれば、牛を引いている人も一緒に谷底に落ちる危険があった。     

それでも、牛飼いの人たちは自分たちの命を懸けて、牛と一緒に歩いて山を下りてきた。

あの時の決断と勇気が、その後の闘牛大会、今年の全国闘牛サミットへとつながっている。

仮設の牛舎の中

今、牛たちは仮設の牛舎の中で仮設住宅から通ってくる飼い主を待っている。

春から秋にかけては、仮の闘牛場で大会も開催されている。
地震から半年後の最初の闘いでは、牛たちにとっても慣れない場所であり、地震後の影響があってか、本来の闘いがなかなか見られなかった。しかし、月日を追うごとに牛たちは勇姿を取り戻していった。


牛にとっても人にとってもふるさとの山古志を思う気持ちは一つ。
様々な困難にくじけそうになる時、牛が人の励みとなり、勇気を与えてくれることもある。

あれから2年、山古志へ帰る日も近い。
全国闘牛サミットは山古志復興にとって記念すべき日になる。

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