山古志村の歴史を語るとき忘れてはならないのが中山隧道の物語です。
(実際に隧道を掘った小川八一郎さん)
奥さんがお産でしょ、生まれそうだからということで3人で交代して背負って峠越えをして小出病院まで運んでいったんです。
私たちの親たちが昭和8年から何年かかっても良いからはじめてみようということで、やったんですが、掘っている最中は私たちの元気な内に開通するのかしないのか、とても見当がつかなかった。
開通したときは、疲れも忘れて元気が出て、みんながこれはいいといって、元気が出てうれしかったことは、今想像もできないほどで言葉では表せないほどうれしかった。
掘っていた人だけでなく村全体がうれしくて、お年寄りから子供まで夜だったけれど見に行って、30センチから40センチのあいた穴をみんながくぐって行ったり来たりして喜んだものです。
昭和8年から16年の歳月を費やした中山隧道、冬の厳しい寒さの中で1日に進むのはわずか1メートル、思い出して欲しい、この隧道の前に立てば人間本来の生きる力が伝わってきます。